【レーシック知識】100%失敗しないとは限りません


【レーシック知識】100%失敗しないとは限りませんブログ:14 2 2017


ボクは両親が本当に嫌いでした。

小さいころの記憶といえば、
家でビールに溺れるパパ、
そのことでパパをなじるママ。

そしてその怒りを姉貴やボクにぶつけ、
姉貴はその怒りをボクにぶつけていました。

家には居場所がない…
子供の時のボクは
そう考えるしかありませんでした。

以前、実家に帰った時に
小学生の時に作った壁掛けがあったはずなので、
ママに見せてほしいと頼むと、
「捨てた」と言いました。

ボクは当然のように聞きました。
「なんで捨てるねん、小学生のとき作った作品で唯一残ってるやつやん」

ママは言いました。
「あの壁掛け吐き気するくらいキライやねん。
灰色とかなんともいわれへん色ばっかりやから」

その通りです。
ボクがみても30秒が限界なのですから…
小学生の持つ明るさなどまったくなく、
絶望という言葉がふさわしいような色だけでした。

そして中学、高校と
表面的には普通の子供でしたが
内面的にはどんどんゆがんでいきました。

変わることのないパパとママ、姉貴との確執。
その時のボクの望みはただひとつ、
「楽に死にたい」

何度も首をくくる練習もしました。
包丁をお腹にあてたりもしました。
このまま目が覚めなかったらいいのに…と
連日のように思っていました。

そしてある時、ボクは決めました。
「こいつらは赤の他人や」と。

そしてボクは一度だけ両親に言ったことがあります。
「こんなゆがんだ性格にしたのはあんたらのせいや、謝ってほしい」と。
両親は頭を下げました。

でも、そんなボクでも
今は少しづつパパもママも姉貴も
許せていっています。

姉貴に子供が産まれ
実家で子供たちと遊ぶようになった時に、
姉貴から
「ありがとう」と感謝をされたことで
ボクの中で何かがかわりはじめたんです。






Android aws
Android aws
URL:https://cloudpack.jp/casestudy/010.html